昨日で終わらせるつもりが終わらせられませんでした。
だらしなくて、すいません……。
RPGに負けはあるか?(1)
RPGに負けはあるか?(2)
RPGに負けはあるか?(3)
の、つづきです。最後です。
おさらい。
RPGに「負け」の概念を導入するためには、
「主たる理由として技術の不足を宣告し、見合った喪失感を与える」
仕組みがゲームの中に必要だ。
しかし、RPGにおいては「戦力=プレイ時間」の公式が強いため、
ゲーム中での負けにおいて「技術の不足を宣告」することの説得力に弱い。
また、RPG独自の「技術」というものが確立できなければ、
その面白さは他ジャンルにとって代わられる。
そこで僕はRPGにおける「技術」とは
「有限時間という制限の中で、
最終目的を達成するために、
いかにうまくリソースを扱えるか」
と仮に定義してみて、
これがユニークなゲームとして通用するかを検証中である。
この技術はある種の「構成力」とも呼べるものである。
勝負の単位時間を適切にするために、
エンディングまでの過程を分割しようとする(=RBR法と呼んでいる)と、
目下のところ問題は、そのたびに目的達成のために必要なリソースを、
リセットしなければならない点にある、
……長くなりましたが、まぁ、かなり具体的なところにまできたので、
長くなるのはしかたないでしょう。
省略できないというのは、意味があるということです。
とりあえず、ここまでの話を視覚化しておきます。
左(←)がオーソドックスなRPGの進行。
序盤はゲームでできることを紹介していくチュートリアルなどがあるため、
やれることの拡張がやや急です。
中盤は戦力の増強(仲間加入、アイテム入手、魔法習得など)に伴って、
なだらかにやれることが広がって行きます。
ゲームによってはアクセントとして、あるタイミングで、
プレイヤのやれることの急激な拡張を行う場合もあります。
例としてはドラクエ3での船入手や、転職する神殿の登場などです。
最後はもう一度、急にしてやれることを最大限にし、
用意したネタを出し尽くさせます。
昔のRPGだとラスボスを強めに設定し、倒しにくくした上で、
世界各地に伝説の武器防具など強い戦力を
隠していたりすることが、よくありました。
現代的なRPGでは、ストーリー上のラスボスの強さを控えめにし、
こうした「最後の出し尽くし」をクリア後のお楽しみとして、
位置づけるのが主流のようです。
ソレに対して右(→)が、RBR方式のRPGのデザインです。
そろばんの珠のようなのが、1つ1つのラウンドにあたり、
そのラウンドの最後に、いったんリソースを絞り込んでしまいます。
これってどういうゲームになるの?
ちょっと違うかもしれませんが、
例えでいうとカードゲームなんかが例に挙げられると思います。
カードゲームなんかですと、1つのゲームの間に、
特定のカードが強化されたり体力を失ったりと、
いろんなリソースのやり取りがあります。
でも、一度ゲームが終わってしまえば、
前の戦いで何があったかはきれいさっぱり忘れ、
カードがレベルアップすることも無く、
ただのカードに戻ってしまいます。
「カードに記憶は無い」ってやつ。
プレイヤーの、データ上に保持される戦力は、
「どのカードを保有しているか」のみです。
ラウンドごとのリソースの収束というのは、こういうイメージ。
それでいつつ、各ラウンドで取れる行動の幅も、
ゲーム進行に伴って徐々に拡大していくと、
よりRPGっぽく見えるかもしれません。
ただし、後で手に入れられる「カード」は、
単純に上位互換のものが手に入るというよりは、
「上手く使えば強いが、技術がないと扱いづらい」
といったようなものにするべきです。
MTGでいえば、最初はコモンのようなシンプルなカードが手に入り、
徐々にアンコモンやレアなど、ルールの複雑なカードが加わる。
というイメージ。
「強いぞかっこいいぞ!」的なレアカードを集めれば、
てきとーにやっても勝てるのでは、
「プレイ時間=戦力」の再来になってしまいます。
こんな感じのゲームデザインでありつつ、
かつRPGにある「徐々にできることを増やしていく」感覚を、
どうやって取り込んでいくかが、これからの検討課題となります。
例えば、聖剣伝説4というゲームがあり、
RBR法に近いデザインのゲームをしているのですが、
「どうして章ごとに強さがリセットされるの?」
「RPGっぽくない」(※実際に、RPGとは違うジャンルだった)
など大きな拒否反応がありました。
常日頃、こういうことを考えている自分みたいな人間には
要はこういう意図のゲームデザインをしたかったんだな、
というのが分かるのですが、
普通は、意味が分からないと思います。
だって聖剣伝説ってそういうゲームじゃなかったもん。
続編でそういうことをやるべきだったかという話もありますが、
それはさておき、そういう重要なことは
このゲームの最初に操作法よりも何よりもまず、
そのゲーム性を理解してもらうプロセスが必要だったかもしれません。
さて、具体例を出したところで、少し話が見えると思うのですが、
RBR法の欠点はステージごとにリソースがリセットされる「救えなさ感」です。
リセットする理由がちゃんと、
・これはステージごとの技術で高い評価を得るゲームなんだ!
・その場その場で状況を平らにするから、正しい評価を下せるんだ!
・リセットすることで、第一章から下準備する必要がなくなるんだ!
と理解/納得してもらうプロセスが必要になります。
聖剣伝説4では、1ステージの中でも時間をかければ
パラメータがほぼ無限に稼げたりと、
時間無制限の……つまりオーソドックスなRPGかもと
誤認させるような仕掛けがあったために、
ステージクリア後のリセットの「救えなさ感」が、
加速してしまったのだと思います。
聖剣伝説4のデザイナにしてみれば、
それはたぶんゲームが攻略不能になることを避けるために
ステージ中で無限に稼げるようにしたのでしょうけどね。
なお、このゲームでは一定の条件を満たすと、
アクセサリを入手でき、これを次章に5個まで持ち込むことができます。
このアクセサリが章間を持ち越すことのできる唯一の戦力です。
このアクセサリでこそ、RBR法でいうリソースの絞込みのことであり、、
先のカードゲームの例えにおける「カード」の役割を果たしています。
ただ「アクセサリ」の中に、完全に上位互換なものがあるあたりは、
デザインに迷いを感じます。
RBR法を成功させるための暫定的な課題を2つにまとめます。
1.いかに自然に、そして徹底的に
「プレイ時間=戦力」という典型的なRPGの公式を、
逆学習(アンラーン)させるか
2.いかに「ラウンド」末端における戦力の収束から、
「救えなさ」感を取り除いてやるか。
こうした課題を、チュートリアルで暗示をかけて
解消するというのももちろん1つの手です。
しかし、最も理想なのは、ゲームをプレイしていくと、
自然とそうしたルールが獲得できるようになっていることも、
デザイナの腕の見せ所。
さて、こういうことを念頭に、
僕が「クォータニオン」の前にデザインした
フリーゲームについての話をします。
こんな感じで葛藤しながら、
RBR法を実装しているんだというケーススタディです。
全15+αステージのアクションRPGです。
これをデザインしたのは2005年末で聖剣伝説4よりは前。
(今は配布を停止しています)
・ステージは5〜10程度のエリアに区切られており、
エリア毎に、タイム、撃破率、総合など
5種類の項目でプレイヤに評価がおりる
・評価は金勲章(2pt)銀勲章(1pt)×(0pt)の3種類。
・勲章は、複数回の挑戦に分けて取得できる。
「総合」という評価項目もあるため、
ある評価に特化したプレイの繰り返しで
全ての勲章が取得できるわけではない。
・ステージごとの勲章取得率がステージ達成率となっており、
これが一定率を超えるたびに、
キャラは「レベルアイテム」を入手できる。
・キャラのレベルは、そのキャラの所有する
「レベルアイテム」の総数で決まる。
・ステージには上限レベルが設定されており、
キャラのレベルはステージ突入時に、この値まで制限される。
・ステージ内でのキャラのパラメータは、レベルに応じて決まる。
・「レベルアイテム」取得のたびに、
キャラは対応する「戦闘能力」を入手する。
・「戦闘能力」にはそれぞれ、
ステージ持ち込みコストが設定されている。
・キャラは、コストの合計がステージの上限レベルを超えない範囲で
「戦闘能力」をステージに持ち込むことができる。
こんなゲームでした。
このゲームには、経験値という概念はありません。
勲章の取得に伴って入手できる「レベルアイテム」は
このゲームの最大の目的であり、唯一の戦力増強手段です。
「リソースの集約先」であることはもはや解説不要でしょう。
まず第1の課題「プレイ時間=戦力の公式否定」として、
このゲームでは努めて勲章を取得し
「レベルアイテム」を取得しない限り、
キャラは強くならないようにしました。
もちろん「レベルアイテム」を取得することで、
ある程度ゲームは簡単になりますが、
ステージ上限にはあっという間に達してしまう上に、
「レベルアイテム」の持ち込み制限は単純な戦力増強でないため、
クリアできないとずっとクリアできません。
しかも、あとで手に入る「レベルアイテム」ほど、
クソレアっぽい「使えねーよコレ」みたいなのが多く、
だいたい必要な戦力は序盤で
そろいきってしまえるのがポイントです。
1ステージの勲章をそろえきる人でなくても、
とりあえず「レベルアイテム」の総計が
次のステージの上限レベルに達したら、
パラメータ的な不利はない、として先に進むことができます。
第2の課題「救えなさ感の除去」に対しては、
「レベルアイテム」の取得前に勲章というレイヤーを増やし、
課題の単位を小さくしたところです。
またステージ選択画面に勲章の取得率と、
次の「レベルアイテム」までの必要個数を表示して、
目標に迎えている感じを演出しました。
ただし、勲章の取得法は比較的簡単なため、
構成力というよりは戦術レベルでの上手さの方が
問われるようなゲームになってしまいました。
これがこのゲームデザインの唯一の心残りです。
ちなみに最後の1つを除く「レベルアイテム」を取得した上で、
最終ステージにて最高ランクの評価を出すと、
16番目のステージが登場し、
それをクリアすると最後の1つが入手できる。という趣向でした。
ケーススタディ終了。
連載の話をまとめます。
RPGに「負け」の概念を導入するためには、
エンディングまでの時間を短くするか、
RBR法によってゲームを勝負単位に分割することをオススメする。
RBR法を成功させるためには、「プレイ時間=戦力の公式」の逆学習と、
ラウンド末端におけるリソース集約の「救えなさ感」の除去を、
なんとか工夫して実行すればいい。
ここから先は各デザイナががんばることだと思うので、
がんばっていただきたい!!!
というわけで
なんとか工夫されたRPGが、
どこかで産声があがることを期待して、お話終わりです。
僕自身もしばらくRBR法の方針でがんばってみます。
さて、そんなことを思いながら「クォータニオン」を見ていました。
「クォータニオン」は「技術=戦力」のゲームです。
今作っているものを見るに、各人の頑張りあって、
これに関してはポリシーを貫けるかなと思います。
しかし、同時に「時間=戦力」の否定をしなくてはいけないんだ。
というようなことを、この一連の思索の中で、また強く思いました。
「技術に依存してリソースが確保できるなら、
プレイ時間に関して蓄積要素があってもいい」
と昨年のある時点から思い始めて、
徐々にそういう方針で要素を入れだして、
僕もそれでよしかと思っていたのですが。
「時間=戦力」の否定を早々にやることを、
もっと徹底するべきかもしれません。
そしてここで沸いた「構想力=戦力」という課題にも、
次回作を待たずに何かしらの回答を用意するべきでしょう。
最終版をリリースするまでは霧の中です。
どんなものが出来上がってくるか、
そこはかとなくご期待いただけたらと思います。
誰の要請でもない自分の理想の追求ために
僕はゲームを作るのです。それが僕自身の勝負!
そして、こういう挑戦が誰の手によってもなされないことが、
RPGにとっての最大の「負け」なのだ!
(これがオチだ!)